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zoom RSS 愛無限。愛無尽。ゆえに人間あり。それは最強の平和ツール。

<<   作成日時 : 2010/08/05 00:23   >>

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私の娘、小学生になりました。頑張っています。でもいろいろなことで苦労しています。

同級生と鬼ごっこをすれば延々と鬼役です。足が遅くて、いくら頑張っても追いつけないんです。他人から見たら笑えますよね。でも、親の立場ではまったく笑うことはできません。そういうことを考えたことがあるでしょうか?

小学校の授業でも似たような状況です。頭の中がこんがらがっているうちに、先生の話を聞き逃してしまい、注意散漫であるかのように見えるようです。それでも私は「マイペースでいいじゃないか」と思っています。でも、職業教師の側からみれば厄介な存在であることは理解できるし、そういう観点でのコメントを頂くことにはあえて反論する気はありません。

ただ、「親御さんの方で、もっときちんとしつけてくれないと困ります」と言われるとカチンと来ますね。こっちだって放ったらかしにしている訳ではないし、なんとか改善しようと努力はしているので。子どもの本当の姿を見てくれていないのだろうと思えてきます。

上述の鬼ごっこの出来事には続きがあります。娘が鬼役で数分ほどグルグル回り続けていると、一人が逃げるのをやめてこう言い出しました。「じゃあ、鬼交代ね」と。ふたつの理由が想像されます。かわいそうだから、そして、つまらないから。でも、鬼交代を提案してくれたこと自体には、たしかに娘への気遣いが感じられます。からかったりしないでいてくれたことに心から感謝したいです。

さらに続きがあります。鬼でなくなった娘はみんなと一緒に逃げまわります。でも、鬼は娘を追いかけてはくれません。相対的な力関係が明らかになったのだから、まあ当然でしょう。そのことに気づいたのかどうか定かではありませんが、まもなく娘はみんなから離れて私のもとに戻ってきました。そして私と遊びたいと言い始めました。そういう結末になる事実を受け入れざるを得なくなるとともに、そんな娘がとってもいとおしくなります。

同級生の気遣いや親がいとおしいと思う気持ちの根源は間違いなく「愛」です。何か見返りを求めるわけでもないし、それは尽きることがありません。時間が惜しいとか、お金がもったいないとか、そういうこととは全く違います。無限であり、無尽蔵です。だから、おしみなく注げば良いのです。注いで注いで注ぎ続けて、それでも尽きることはないのです。他の誰が何を言おうが関係ないのです。自分が愛情を注ぎ続けることを選択するだけです。

それぞれの人の置かれた状況によっては、一時的にそうではない選択をすることもあるかもしれません。それはさまざまな波紋や心的苦痛を生む原因になるように思われます。しかしながら、そういう選択をすることも本来(宇宙の法則の中では)自由かもしれません。どんな結末になっても、それは自己責任です。私から何かを押し付けるものでもありません。客観的に言えば、誰もが自分自身で判断して決断すべきことです。

無償の愛をよどみなく循環させれば、世界は平和になります。

いろいろな理不尽なことが起こっても良いのかもしれません。でも、結論は永遠に変わることはないと思います。この人間社会の中では、無償の愛は人間の行動を通して顕在化してくるように思われます。自然に勝手に回り続けるわけではないと思います。ひとりひとり身近なところに"よどみ"がないかどうかチェックしてみてはいかがでしょうか?カチンと来る自分がいるという事実は、自分自身が愛の循環を滞らせていることを暗示しているのかもしれません。未熟な自分にも愛情が必要かもしれません。ここに"客観的な自分"が不可欠となります。

愛無限。愛無尽。ゆえに人間あり。




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