Behind the Days

アクセスカウンタ

zoom RSS 幼いわが子を親が車で死なせてしまう過失事故・・・我々は何を学ぶのだろう

<<   作成日時 : 2011/08/15 20:27   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

8月に入り、2件も目にしている。
幼いわが子を親が車でひいて死なせてしまう過失事故のニュース。
実に痛ましい。

−−−−−−−−−−−

(1) 2011-8/4 広島県
車で自宅の駐車場から前進して道路に出ようとしたところ、
1歳7カ月の三女をひいた。
三女は、胸などを強く打っていて約1時間後に死亡。
見送りに家の外に出た次女の後をついて行った可能性あり。
母親は、「子どもには気がつかなかった」と供述。

(2) 2011-8/15 茨城県
乗用車をバックで駐車する際、左後方にいた三女(3歳)をひいた。
三女は頭などを強く打ち、間もなく死亡。
車庫入れの前に後部座席の三女を降ろしていた。
母親は、「もう家の中に向かったと思っていた」と供述。

−−−−−−−−−−−

母親や家族の落胆は想像するまでもないが、
冷静に状況を考えてみる。

いずれも駐車場内であるから、車は徐行していたはずだ。
それなのに「胸など」や「頭など」を強く打つということは、
車に踏まれたとか、車と壁の間にはさまれたとか、そういうことだろう。
私は、どうしてもそのような状況を想像してしまうので、
もし自分がその立場だったら・・・と考えてしまい、胸が苦しくなる。

どうしてこんなことになってしまうのか?

私の場合、そんな事故があってはならないという思いが常にあったので、
車に乗る前には、車の周りに異常がないか、しつこく確認していた。
特に不安な場合には、2度3度と運転席を出入りした。
自信がなくなって、一旦自宅に戻って子供が家の中にいるかどうかを
再確認することは何度もあった。
幼い子供の保護者であるということは、大変なことなのだ。

自動車は密室である。運転者には外の音がほとんど聞こえないし、
周りは見えない。
だから、ちょっとした見落としで簡単に加害者になりうる。
たしかに便利ではあるが、あまりに安全確認事項が多すぎる。
(現在、私は車を保有するのをやめたが、今後、運転する気が起きない。
 バスや地下鉄を最大限利用しているし、必要ならタクシーを使えば
 何も問題ない。)

幼くしてこの世を去る子供の冥福を祈りたい。

そして、その現実から家族が学ぶべきことは何なのか・・・
ひとつだけ確実なことは、
「幼い子供は、親が自分を守ってくれると100%信じている」 
ということだ。だからこそ、車のそばに平気で近寄ってくるのだ。
それも愛情表現の一つなのだ。
その信頼にどう応えていくのか・・・親になるということへの
真剣さ、ひたむきさが問われているのではないだろうか?

それは個人個人の問題なのだ。子供は100%信頼している。
あとは親の方の問題だ。いや、課題と言っておこう。
親が自分なりに精一杯集中して努力した結果、
親子の絆がより強まっていくのではないか。
それは素晴らしいことのはずだ。
だから、それに向かって努力することは、
何もつらいことではないはずだ。

親が、わが子を守らずして、何を守るというのだろう。
本質に立ち戻るべきではないか?

子供が自らを犠牲にして伝えたいことは、
そういうことではないのだろうか?







テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
幼いわが子を親が車で死なせてしまう過失事故・・・我々は何を学ぶのだろう Behind the Days/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる