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zoom RSS 石巻市の幼稚園児送迎バス津波事故訴訟で「津波は容易に予見できた」 + 逃げる石巻市大川小学校

<<   作成日時 : 2013/09/17 23:25   >>

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”想定外では済まされない”という判断が、私立幼稚園職員に突きつけられた。みずからに課せられた義務の重さを理解できない不適格者が存在することが明確に示された。石巻・大川小の問題も、これとまったく同じケースであるように見えるが、小学校側は逃げの姿勢。親は、心して預けよ。

幼稚園でさえ、これだけ厳しい判決が下されるのに、どうして東京電力には甘いのか。矛盾だらけの日本。



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読売新聞              2013年9月17日11時46分
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130917-OYT1T00294.htm?from=navr

園児送迎バス訴訟、園側に1億7千万賠償命じる

 東日本大震災で、宮城県石巻市の私立「日和ひより幼稚園」の送迎バスが津波に巻き込まれた事故を巡り、死亡した園児4人の両親が園側を相手取り、2億6689万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が17日、仙台地裁であった。

 斉木教朗のりお裁判長は「元園長が情報収集義務を怠った結果、高台から海側にバスを出発させ、津波被災を招いた。安全配慮義務違反による損害賠償責任がある」として、1億7664万円の支払いを命じた。大きな揺れが約3分続いたことなどから「津波は容易に予見できた」と判断した。

 訴えられたのは、同幼稚園を運営していた学校法人「長谷川学院」と当時の園長。震災の避難誘導を巡り、管理者の責任を問う訴訟で判決が出るのは初めて。

 判決によると、送迎バスは、地震発生から約15分たった2011年3月11日午後3時頃、園児12人を乗せ、高台の幼稚園から海側に向けて出発。7人を降ろした後、門脇小学校にいったん避難した後、園に戻る途中で津波に巻き込まれて横転、火災に遭って、園児5人と添乗していた女性が死亡した。運転手は被害を逃れ、幼稚園は津波を受けなかったが、今年3月、休園した。

 訴訟の最大の争点は、バスが津波に巻き込まれることを予見できたかどうかだった。

 園側は「予測不可能な異常な津波で引き起こされた不可抗力による事故」と主張していたが、判決は「最大震度6弱の揺れが約3分も続いており、地震の震源地などによっては巨大な津波に襲われるかもしれないことは容易に予想され、ラジオや防災無線を正確に聴くべきだった」と判断。「報道では宮城県に6メートルの津波が予想されており、高台の幼稚園にとどまるきっかけとなる程度の津波の危険性を予見することは可能だった」と退けた。
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河北新報        2013年9月10日(火)
http://www.kahoku.co.jp/news/2013/09/20130910t13022.htm

遺族・市教委溝埋まらず 10ヵ月ぶり協議 石巻・大川小

 東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡、行方不明になった宮城県石巻市大川小の児童遺族と市教委の話し合いが8日、市河北総合センターであった。昨年10月以来10カ月ぶりで、亀山紘市長も出席。遺族側の批判に対し市教委の説明は明瞭さを欠き、溝は埋まらなかった。
 遺族とその関係者ら約40人が出席。遺族側が再三求めた話し合いの場を長期間設けなかった理由について、市教委は「第三者による事故検証委員会の検証に影響しかねないと考えた」と説明した。
 境直彦教育長も「遺族の代表と話し合いをどう進めるか協議してきた」と強調したが、遺族は「単なる打ち合わせにすぎない」などと反論した。
 子どもへの市教委の聞き取り調査に関して、遺族側は「助かった男子児童が『山に逃げようと訴えた子がいた』と証言したはず」と指摘。調査担当者が「記録に残っていない。どちらかに勘違いがあると思う」と述べたのに対し、児童の父只野英昭さん(42)は「一生懸命に証言した息子の前で同じことが言えるのか」と憤った。
 2011年6月の遺族説明会を1時間で打ち切ったことにも批判が及び、当時の市教委事務局長は「説明会を設定する際、1時間程度でできると考えた。遺族の気持ちを思えば不十分な対応だった」と謝罪した。
 亀山市長は市教委関係者が被災から1カ月近く大川小の捜索に関わらなかったことなどについて「震災直後の混乱で初期対応が全くできなかったことは反省している」と陳謝。終了後の記者会見で「時間をかけて意見交換したい」と述べた。
 6年生だった次女を亡くした佐藤敏郎さん(50)は「市教委の説明には曖昧な点が多く、納得いかない。必要なのは、なぜ子どもたちを守れなかったかを検証すること。真剣に話し合って前に進みたい」と話した。
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朝日新聞           2013年9月18日
http://www.asahi.com/area/miyagi/articles/MTW1309180400002.html

日和幼稚園原告団記者会見

判決後に原告団が行った記者会見の主な内容は、次の通り。

 ――判決の感想を

 <西城春音さんの父靖之さん> 日和幼稚園にとどまらず、学校管理下(の事案)などにも方向性を見いだしてくれたかと思います。

 <佐々木明日香さんの父純さん> ほっとした気持ちもあり、区切りがつかない気持ちもあり、複雑です。教育する側一人ひとりが、二度とこういうことがないように、少しでも変わってもらえたら。

 <西城春音さんの母江津子さん> この判決で終わりではなく、後世に伝えていきたいと思っています。

 <佐藤愛梨さんの母美香さん> ようやく娘に良い報告ができる日が来たと思っています。

 <佐々木明日香さんの母めぐみさん> 先生方、関係者の皆さんに、知ってもらい、深く考え、改善していけたら。娘には「よかったね。お父さんお母さん頑張ったよ。家族みんな頑張ったよ。あなたたちの死は絶対に無駄にしない」と報告できるかと思います。

 ――弁護人の受け止めと、控訴するかどうかの判断は

 <鎌田健司弁護士> 判決は、被告に、こういった災害に際して非常に高度の注意義務を課したと考えている。園児が未発達の状態で、園の指導に従うほかには自ら生命身体を守る手立てがない点に着目。園としてできる限り情報を収集し、危険の発生を予見し、これを防止するために最善の措置をとる義務がある。

 それを前提として今回、園側がこういう注意義務を尽くしていない、情報収集義務を尽くしていない、と認めていただいた。

 今回の訴訟について我々は、園側の予見可能性が認められるかどうかが最大の争点と認識し、主張と立証を尽くしてきた。

 予見可能性について被告側は、被災現場まで津波が至るような予見はできなかったのだから、園にそういった予見可能性を課すのは不可能だと争ってきた。我々は、園児が自力で避難できない立場であることを踏まえて園側は高度の注意義務を負う、そして予見の可能性もそういった場合に広く認められなければならないんだ、と考えてきた。

 具体的には、津波被害を回避するため、高台に位置する園にとどまる契機となる程度の津波の危険を予見できればいいという我々の主張を、判決文もほぼそのまま採用していただいた。

 控訴については現時点、しないものと考えている。

 ――判決言い渡し時の気持ちは

 <西城靖之さん> ここ数日、寝付けない日が続きましたが、自分のやってきたことは間違ってなかったんだと、司法が認めてくれたんだという思いで、涙が止まらなくなってしまって。

 ――判決を受け、教育現場に期待は

 <佐々木純さん> 教育現場に限らず、同じようなことを絶対起こしてもらいたくない。こういう思いをするのは私たちだけで止めたい、という気持ちが一番です。

 <西城靖之さん> 3月11日に起きたことを、多くの尊い命が失われたことまでも「仕方がない」と片付けてしまって良いのか。私はそうじゃないと思い、真実を知りたくて提訴した。どうしても無駄死にさせるわけにはいかないと思って、2年間、闘ってきた。今回のことを教育の場で必ず生かしていただきたい。

 ――裁判中つらかったことは。裁判を通じて知ることができたことは

 <佐々木純さん> 娘が好きだった幼稚園を相手に裁判を起こすのが正直、つらかったですね。裏切られたということがつらかった。まだ、これがわかったという感覚はない。本当のことを幼稚園から話してもらえたという感覚もない。そういう気持ちも園側から伝わってこない。

 <佐藤美香さん> 何度も何度も心折れそうになり、心折れそうになる時は、あの子が3月11日、すごくつらい思い、怖い思い、いろんな思いをしながら亡くなったことを考え、あの子たちのつらさに比べたら、今の私の苦しみなんて足元にも及ばないと考えながら、ここまで来られました。園側には包み隠さず話していただきたかった。私たちがまだ知り得ていないことを話していだきたかった。本当にそこは今でも残念に思う。

 <佐々木めぐみさん> 子どもたちの好きだった幼稚園を相手に、どうなんですかと突き詰め、その結果、得た真実というのは、あまりに少なかった。ほとんど無きに等しいと思います。けれども、この仲間たちが一緒になり、ともに手を取り歩んできた道は決して無駄ではなかった。私たちはこれからも協力して日々過ごしていくことと思います。

 ――これから、こうしたいということは

 <西城江津子さん> これからは教育現場に防災教育など取り組んでいただきたい。これから……、私たちも、どこに言えば、そういう防災教育をしてくれるか、調べて、そこに出向きたいなと思っています。

 <佐藤美香さん> 私は一つの通過点にさしかかっただけだと思っていて、これからも娘がいない日々は続くわけで……、これから先もずっと、心の底から笑う日はないんじゃないかと今でも思っています。私たちはこのことを決して忘れることなく、後世に伝えていかなきゃいけないので……。何ができるか、本当にわからないですけど、模索しながら考えていきたい。

 <佐々木めぐみさん> この件と向き合っていく日々は続くと思う。私たちがしなければいけないことは、小さなことから始まる。大災害が起きた時はまず情報収集し、情報共有し、命を守る行動をしていかなきゃいけないんだよと伝えなければいけないと思っています。

 ――震災をめぐる他の裁判の遺族に何か

 <佐藤美香さん> いい意味で、たすきをつなげられたんじゃないかと思っています。みなさん、起こしたくて起こした裁判じゃないと思っていますので。自分たちが信じた道を、くじけそうになる時もあると思いますが、子どもたちのために頑張っていただきたい。

 ――和解協議を振り返り、どう思うか

 <西城靖之さん> 正直、悩んだが、後世に伝えるために、どうしても判決がほしい、と裁判をしてきた。心折れそうになったが、負けても判決をもらおう、と。

 ――現地視察が判決に与えた影響は

 <鎌田弁護士> 判決の中身を十分に検討できていないので正確な発言ができるか自信がないが、たとえばバスの走行ルートが「高台にある幼稚園の眼下に見える海岸堤防から約200ないし600メートルの範囲内付近に広がる標高0ないし3メートル程度の低地帯である門脇町・南浜町地区内にあって、浸水が予想された海沿いの区域との標高差がほとんどない」という記載があり、数値自体は我々もいろんな資料で立証していたところだが、きちんと理解していただくには数値を示しても、なかなかわかってもらえないだろうと思っていた。私自身、依頼者の方々から、お話を聞いただけではなかなかイメージできない部分があったが、平成23年5月にこの場所を案内された時に「これはなんで」と思った。そういった、数値だけではわからないような現場の感覚を、裁判所にわかっていただきたいというのが、現地視察の目的だったが、この記載をみると、そういったことが多少なりとも役に立ったのではないか、参考になったのではないかと思っている。
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河北新報   2014年02月10日月曜日
http://www.kahoku.co.jp/news/2014/02/20140210t13008.htm

大川小津波災害 23日最終報告書 遺族「検証限界、明記を」

 東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡・行方不明になった宮城県石巻市大川小の津波災害で、第三者の事故検証委員会は9日、児童遺族に対し最終報告書案についての報告会を市内で開いた。遺族は5時間半にわたり疑問点や分析の不十分さを指摘した。室崎益輝委員長は23日にも最終報告書を示し、遺族に説明する方針を明らかにした。
 報告会は非公開で、約20人が出席した。終了後に取材に応じた室崎委員長によると、遺族からは「1年かけて検証したのに、新しいことが何も分からなかった」「責任があいまいなまま」といった指摘があったという。
 室崎委員長は「今後の教訓となる提言を出すことを目指す検証委と、責任の明確化を求める遺族の間にギャップがあった。残りの時間は少ないが指摘された内容を踏まえ、できる範囲で改善や修正をしたい」と述べた。
 6年だった次女を亡くした「小さな命の意味を考える会」代表の佐藤敏郎さん(50)は「児童を避難させられなかった教職員組織についての分析が必要なのに、踏み込んでいない。疑問点や改善点の指摘に加え、検証に限界があったことも書くよう求めた」と話した。
 最終報告書をまとめる前の遺族との意見交換は今回が最後。佐藤さんは「検証内容に遺族の声をなかなか反映してもらえなかった。児童の命にもっと目を凝らしてほしかった。それでも、今日の話し合いを反映してくれれば、最終報告書は変わると思う」と語った。
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毎日新聞   2014年05月19日 12時51分(最終更新 05月19日 13時02分)
http://mainichi.jp/select/news/20140519k0000e040157000c.html

大川小津波訴訟:初弁論…遺族「命は確実に助かった」訴え

 東日本大震災の津波で宮城県石巻市立大川小学校の児童・教職員84人が死亡・行方不明となった事故で、犠牲になった児童23人の遺族が市と県に総額23億円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が19日、仙台地裁(高宮健二裁判長)であった。遺族側は意見陳述で「まさに人災。児童らは助かる命だった」と訴え、市と県は請求棄却を求めて争う姿勢を示した。

 訴状によると、2011年3月11日午後2時46分の地震発生後、当時の教頭らは児童を校庭に待機させた。その後、北上川の堤防付近に避難を始めたが、午後3時37分ごろ堤防を越えた津波で多くの犠牲者が出た。

 遺族側は訴状で「教職員は保護者から『早く山に逃げて』などと言われたが、津波情報を収集しようとせず児童を校庭に待機させた。裏山に避難すれば全員の命は確実に助かった」と学校側の安全配慮義務違反を主張。「懲罰的慰謝料」を含む児童1人1億円の損害賠償を求めている。

 市側は答弁書で、大川小が北上川河口から上流約4キロにあり、多くの地区住民も亡くなっている点から「大川小への津波来襲を予見できなかったことはやむを得ない」と教職員の過失を否定した。

 この日は遺族7人の意見陳述も行われた。6年生だった長男大輔君(当時12歳)を亡くした今野浩行さん(52)は「子どもたちは校庭で待機させられ、1メートルも高い所に避難させてもらえなかった。未来の子供たちを守るために常識的な判決を出してほしい」と裁判長に呼びかけた。

 一人息子の長男健太君(当時9歳)を亡くした佐藤美広(みつひろ)さん(53)は「私たちは愛する子を学校で失った。学校で、先生がいるから大丈夫だと信じていた。『仕方なかった』ではなく、責任の所在を明らかにしてほしい」と切々と訴えた。

 遺族側は来年3月11日の現場検証実施と、ただ一人生存した教諭の証人尋問を求める意向も示した。【伊藤直孝、三浦研吾】
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NHK NEWSWEB   2014年5月19日 12時48分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140519/k10014546191000.html

津波で児童犠牲 大川小の裁判始まる

東日本大震災の大津波で犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の児童の遺族たちが、石巻市と宮城県に対して損害賠償を求めている裁判が19日から始まりました。原告側が「学校は津波を予測できた」と主張したのに対して、石巻市と宮城県は、いずれも争う姿勢を示しました。

宮城県石巻市の大川小学校では、3年前の大津波で全校児童108人のうち74人が犠牲になり、このうち23人の児童の遺族たちが「学校は津波を予測できたのに、子どもたちを安全な場所に避難させなかった」などとして、石巻市と宮城県に対して1人当たり1億円、合わせて23億円の損害賠償を求めています。
裁判は、19日午前11時から仙台地方裁判所で始まり、原告の遺族のうち7人が意見を述べました。このうち、当時小学3年生だった長女を亡くした只野英昭さんは「学校の管理下の子どもを誰がどのように守るのかをはっきりさせるためにも、真実と責任の所在を明らかにしてほしい」と述べました。一方、石巻市と宮城県は、いずれも「学校まで津波が来ることは予測できなかった」などと主張して、訴えを退けるよう求めました。
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livedoor NEWS   2014年3月15日 7時0分 女性自身
http://news.livedoor.com/article/detail/8634042/

生存者14歳少年が証言する3・11大川小の過ち

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哲也くんは祖父の弘さん(享年67)の口ぐせを思い出していた。「地震来たら、山さ逃げろよ」。
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教師たちは山ではなく、河川堤防近くの「三角地帯」へと子供らを誘導し始めた。この、結果的に危険な避難先を選んだ理由についても、第三者検証委員会の最終報告書(今年の2月23日)に明確な記述はない。
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「おい(俺)は、てっきり山に行くと思っていたけど、もう進んでいたので、『まっ、いいか』って。公民館の前あたりに来たとき教頭先生が戻ってきて、『津波が来たので、早く移動してください』と言われて、小走りで山沿いの道を、民家の間を抜けて県道へ出ようとした。そのとき、波がこぼれてくるのが見えて。家が爆発したと思って、砂煙がパーッと上って、なんだかわかんないけど、『逃げなきゃ』と思って、逆戻りしていた」
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哲也くんは土に半分ほど埋まっていたところを奇跡的に助けだされた。あえてつらいことを語り始めた心境を、哲也くんはこう説明する。

「地震のことも、ずっと『嫌だ、嫌だ』って向き合わないで伝えなかったら、千年後の人たちの教訓にならない。人生を変えるくらいのこんな思いを、おいは、これからの人にはさせたくない」
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DIAMOND Online
【連載】
「大津波の惨事「大川小学校」〜揺らぐ“真実”〜」
http://diamond.jp/category/s-okawasyo

東日本大震災の大津波で全校児童108人のうち74人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校。この世界でも例を見ない「惨事」について、震災から1年経った今、これまで伏せられてきた“真実”がついに解き明かされようとしている。この連載では、大川小学校の“真実”を明らかにするとともに、子どもの命を守るためにあるべき安心・安全な学校の管理体制を考える。

【第1回】 2012年6月25日
「避難途中に大津波」はウソだった? 石巻市教委の矛盾で明らかになる“大川小の真実”
http://diamond.jp/articles/-/20521

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【第36回】 2014年2月14日
大川小遺族が検証委に最後の訴え 不十分な最終報告書に「限界」明記を要望
http://diamond.jp/articles/-/48702

【第38回】 2014年3月10日
大川小遺族が「明らかに人災」と提訴 総額23億円の損害賠償請求
http://diamond.jp/articles/-/49898

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【第41回】 2014年8月26日
大川小第2回弁論、遺族側が検証資料開示を求める
石巻市は「ハザードマップを信頼していた」

http://diamond.jp/articles/-/58230

【第42回】 2014年11月17日
学校事件・事故の対応実態を文科省が調査へ
遺族の不信感強い“大川小の検証”含まれず?

http://diamond.jp/articles/-/62219
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