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zoom RSS 河北新報 論考・震災5年の日本社会 あの時の思い 今こそ 幸せは置き去り 上田紀行先生(東工大教授)

<<   作成日時 : 2016/03/31 21:19   >>

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東工大教授・上田紀行先生の簡潔な論考は、家族への愛情とともに日本の未来への深い憂慮が感じられる名文である。

”人の心の中に未来への深い憂慮を生じさせる原因”があるからこそ、人は明るい未来をより強く渇望するともいえるかもしれない。

この世の出来事は人間の心の在り様で決まる。例えば、この五年間の被災者救済や復興の現実に対する感じ方を探ってみれば、その政治家や評論家たちの心の在り様がよく見えてくる。”同じ地球に生まれた他者”に対して深き慈愛に満ちた人物であるかどうかがわかるはずである。

あなたがすでにそのような感覚を失っているのならば、その心の在り様に応じた現実がやってくるだろう。ただし、”失っている”ということは”空っぽ”ということであり、周囲からの波紋による影響を受けやすいということでもある。そういった観点から、自分の立ち位置が本当にそこで良いのかを改めて確認してみることを強くお勧めする。


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上田紀行氏 (@UedaNoriyuki):
文化人類学者、医学博士
東京工業大学リベラルアーツセンター教授
兼任・社会理工学研究科価値システム専攻


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河北新報

論考2016     上田 紀行

震災5年の日本社会 あの時の思い 今こそ


あの東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から5年の月日がたった。「あの」と書いたのは、震災と原発事故が客観的出来事というよりも、私たち一人一人の「あの時」の人生に直結しているからだ。

一生忘れぬ悔恨
 私自身、東京で強烈な揺れを感じ、まず案じたのは保育園に通う長女と0歳の双子の娘の安否だった。テレビをつけて被災地の津波の中継映像に驚愕(きょうがく)し、その夜は被災地を思って眠れなかった。
 翌日には原発事故が報じられる。テレビが「ただちに健康に影響はない」と繰り返す中で、インターネット上では海外メディアが深刻な状況を伝えていた。私は家の換気口に目張りをし、娘を保育園から連れて帰り、数日間家にこもらせた後、妻子を四国の実家に疎開させた。東京の自宅で、末期がんの母を看護しつつ、ネットで原発と被災地の情報を調べては、自分の思いをひたすらツイッターで発信していた。
 東京にあってもなお襲いかかる閉塞(へいそく)感、何でこんなことになってしまうのかという悔恨の思いを一生忘れないだろう。もちろん津波に襲われ多くの命が失われた被災地の人たち、移住を余儀なくされた原発周辺の人たちにとっては、到底客観的な出来事ではありえず、自分のそして家族の人生そのものであるはずだ。5年前の悲劇は、まず何よりも私たちの「思い」を振り返り、現在の日本の状況を考えるとき、私はため息をつかざるを得ない。

幸せは置き去り
 津波の被災地には、震災の直後から自衛隊による救護活動や多くのボランティアの支援などの献身的な取り組みが続いた。暴動も略奪も(一部を除けば)起こらず、粘り強い思いやりに満ちた行為の数々には、これこそが日本人の姿だと胸を熱くさせられた。
 しかしその後の復興についてはどうだろうか。10年で32兆円という予算計画のもと、寸断された道路は整備され、聖地が進み、海岸には巨大な防潮堤が万里の長城のごとく建設されつつある。
 だが防潮堤の巨大さに比して、一人一人の被災者への経済的支援は乏しいし、コミュニティーの再建も心のケアも置き去りにされている印象を受ける。被災地の建設ブームはアベノミクスによる景気回復に貢献したが、一人一人の幸せはそこから取り残されている。
 原発に目を転じれば、既に川内原発が再稼働し、今後もその流れは続く。政府は昨夏、2030年の電源構成に占める原発の比率を20〜22%とする計画を決めた。事故前の約29%から低下しているが、原発ゼロは経済的視点から難しいとした。
 しかし、それでは事故前と一体何が変わったのだろうか。事故前も政府は経済的理由から原発を推進していた。「安全性」の視点から原発に反対していた人たちに対し、電力会社は「原発は絶対安全だ」と言い続け、巨額のテレビコマーシャルを投入するなどして言論を封じ込めてきた。
 その結果こんな大事故を引き起こしてしまいながら、また経済的な損失だけを持ち出す。それでは今後何回事故が起こっても方針は変わらないことになってしまう。大津地裁による高浜原発3、4号機の運転差し止めの仮処分決定は、その変わらぬ構造への警鐘だ。

過去の繰り返し
 この事故はチェルノブイリ原発事故と同様、世界史に名を刻む大事故である。にもかかわらずまだ福島第1原発の廃炉の見通しすら立っていない時期に、一度は廃炉を決めた稼働40年超の老朽原発までも再稼働させようとしていることに、私は経済的「合理性」よりもむしろある種の妄執を感じてしまう。それは不安と悔悟にさいなまれた「あの日」の私たちの思いとはかけ離れたものだ。
 震災への、原発事故への取り組みの拙劣さから民主党政権は崩壊した。しかし現在の復興の姿は、過去の自民党のあり方が無反省に繰り返されているようにしか見えない。鉄とコンクリートの建造物を全国に建設し、地元への利益誘導で原発を建設し、原発依存の町を作り上げる。いま日本で問われているのは、まさにそうした過去の構図からの脱却ではないのか。
 私たちのあの時の鮮烈な「思い」今こそよみがえらせたい。政治が悪いと嘆く前に、未来の世代に何を残せるのかを私たちの世代が損得を超えて考えたい。それがこの大災害と大事故からの真の復興への道となるだろう。
   (東京工業大学教授)
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