アンデルセン童話の豚飼い王子

王子が隣国の姫に贈り物とともに求婚をする。贈り物は、めったに手に入らない大変珍しい美しいバラと美しい声で鳴くウグイス。しかし、姫は、作り物ではないこと、造花でも機械仕掛けでもないことを理由にそれらを捨ててしまい、求婚も断るのであった。

次に、豚飼いが不思議な魔法の鍋や楽器を作ってみせるのを目にした姫はどうしてもそれらを手に入れたくなる。薄汚い格好の豚飼いに扮していたのは王子だったが、姫に百回のキスを要求すると、姫は嫌々ながらもそれに応じてしまう。それを目撃してしまった王様は憤慨し、姫を追放する。

そして、その後正体を明かした王子は姫に対して宣告するのだ。
「あなたは、本物の値打ちがわからない人ですね。そんな人はこちらから願い下げです」と。
王子は冷たくそう言うと自分の城に帰ってしまうのだ。

娘に買ってあげた小学生向けの本では、そこで終わる。まあそれで十分だろう。姫のその後についての続編は長編小説にでもなりそうだ。

グリム童話に劣らず、アンデルセン童話でも残酷な場面がリアルに描写されていることに今初めて気が付いた。いかに子供時代に読書しなかったかということの証拠であるが、赤い靴の少女が首切り役人に依頼したことは驚愕以外の何物でもなかった。生身の人間にそこまで思い切った決断をさせるというのは、かなり過酷な試練だ。ちなみに、赤い靴から解放された少女は自分の人生を取り戻すことに成功している。

上記の姫と少女のいずれも、試練を与えられることで自分の未熟な部分と直面せざるをえなくなる。王子も赤い靴もそこへ導くための役割を果たしたに過ぎない。大事な点は、自分の中にまぎれ込んだ不本意な価値観に気付くことなのだろうと感じた。本質の美しさに気付くための人生だということだ。目的がそれだけだとしたら、ちょっと物足りない気がするが。

残酷さがリアルなのは、それこそが人間として生き抜く上での最強のカギなのだと理解した方が良い気がする。

今は時代が変わり、ローカル紛争はまだ残っているが、平和を願う人々の声は確実に強まっていると感じる。一人の人間の価値観は、世界平和に直結しつつあるのだと思う。それが正しいとすれば、次に人間が目指す課題は、本質の美しさを常に感じ、自分自身も美しい存在でありながら、より美しい理想を体現していくことになると思えてくる。我々が取り組むべき課題は、確実にレベルアップしているのだ。

アンデルセンが伝えたかった人生の観点は、現代の我々にとっては、軽いウァーミングアップに過ぎないのかもしれない。「武力なくして平和はあり得ない!あんた何言ってんの?」的思考パターンの人は、いつになったら自分の視野の狭さに気付くだろうか。あるいは、そのたぐいのパラレルワールドに自分を閉じこめる選択肢もあるだろう。まあ好きにしたら良い。あるいは、そういう役回りを選択したのかもしれない。それも強力な推進力であるのは確かだ。この宇宙に無駄なものはないのだから。

(何かが私にこの内容を文章にまとめさせた目的は、まさに最後の結論にたどり着かせるためだということに、今ようやく気付いた。屁理屈に陥り易い私には、きわめて有効な方法だ。感心する。)










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