"Convergence after divergence"

自分の意思がどうあれ、他人を見下す態度を取り続ける”科学者”が宇宙の神秘を垣間見る機会はないだろう。あきらめきった”科学者”に何の魅力があるだろうか。対立を際立たせる方法では、彼らをあきらめの淵から救うことはできない。現代における鍵はそこに隠されている気がする。

知(knowing)とは、知識(knowledge)に相反するものであり、経験に基づいて自身の現実となったもののこと。』

『可能性について述べるならば、どんなことも可能である。それがいつどのような形で現実となるかを他人に聞くことは、質問として不適切である。現実とは、自ら経験することによってのみ得られるものなのだから。未来は選択することができる。』

この世に生きる者すべてが”科学者”である。

冬が終われば春が来る。分離の後には統合が始まる。新しい春にそぐわないものは、おのずと存在できなくなる。断末魔の叫びに耳を傾ける必要はない。過去は分類され、仕分けられる。地球の進化は螺旋を描いて上昇する。未来を信じて、今に生きる。

"divergence"と"convergence"の繰り返し。だが、決して元には戻らない。















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