私がいまだに仙台市中心部から離れない理由・・移住先の選定には慎重にならざるを得ないから

ずっと、仙台から離れようとは思っている。

2011年3月15日夕方に、山間部を通過した放射性プルームの一部が仙台市中心部にも拡散した可能性がある。まさにその時に日本海側へ脱出しようと家を出た所だったので、家族揃って被曝した可能性はある。 (2013-7/16追記: 短半減期の放射性キセノンなどのベータ線核種が大気に含まれていたと想像している。) 幸い、2年3か月が経過した今、皆、健康そのものである。ここが仙台市中心部であることが、不幸中の幸いであったと思っている。

現在、仙台市中心部でのガンマ線量率は0.05μSv/h以下を推移中(独自の定点観測)。ほぼ同じ検出器を用いたガンマ線スペクトロメータでの測定結果から、ガンマ線核種は、ほぼ放射性セシウム(134と137)に由来するもののみであることを確認済である。福島や女川などで新たな大規模放出がない限り、外部被曝の心配はかなり少ない方だと判断している。

今、身近なことで油断ができないと思っていることは内部被曝であるので、我が家では食材の選別には細心の注意を払っている。相変わらず、東北・関東・太平洋の食材がずらりと並ぶが、最近は、西日本や海外の食材の割合も少しずつ増えてきており、買い物に困ることは少なくなってきた。西日本からのお取り寄せもよく利用する。仙台市中心部が私にとって勝手が効く場所であるというメリットは大きい。中途半端に仙台を離れた場合には、この点が不安要素となるので、移住先の選定には慎重にならざるを得ない。 (2013-7/16追記: いちいち食材を厳しく選別しなければならないので、精神的ストレスが生じるのは事実。それに耐えられないのであれば、さっさと移住するのが正解だろう。我慢することに価値を見いだすかどうかは一人ひとり、結論が異なるだろう。)

もちろん、福島第一原発が全く収束する見通しがないわけだから、80kmしか離れていない仙台が安全だとは思っていない。でも、さらに言えば、300km以上離れても安全ではないことがすでに証明されていることも考慮しなければならない。地震大国・原発王国の日本のどこに、より安心できる地があるのか。今も模索中である。

すべての原発の廃炉が決まり、燃料棒が安全な状態であることを確認しない限り、もはや私に安心は訪れないだろう。



【追記 2013-7/18】
 私がいまだに仙台にいるもう一つの理由は、ある限られた範囲であれば、防御する自信があるからだ。最悪の場合、被曝量を最小限にする避難経路も察しがつく。防御できる程度に、私にとっては、仙台は相対的に安全だという表現もできるかもしれない。
 でも、だからと言って、他の人に対して、仙台は安全だとは決して言うことができない。なぜなら、他の人が私と同じように防御できるとは限らないし、今後、予想できない新たな危険が生じて来るかもしれないからだ。
 私には、他者に対して責任を取る能力はない。今、私にできることは、私が拠り所にしているデータや考え方を公表することである。その先については、まだ何も思いついていない。















この記事へのコメント

oskar_von_reuenthal
2013年07月22日 18:16
今更、のページかもしれませんが
http://kurahasi.ldblog.jp/
独身なら大いに参考になるかと。家族持ちの方に応用するのは難しいかも。
エム(管理人)
2013年07月22日 19:50
oskar_von_reuenthal様 ありがとうございます。避難先の一つの候補は、やはり北海道ですね。今にして思えば、2011-3/12の段階で東北・関東を離れるのが正常な考え方だったと思います。日々、放射線量を確認しながら耐え忍ぶ選択に何の価値もないことに気が付くのに3日間も要した私はどうかしてました。結果オーライでしたが。
…あの日を、思い出した…
2017年03月28日 00:46
関東です。あの日、マジで逃げ出そうと考えた。ガソリンが手に入らなくて、妹家族のクルマにガソリンを集中して、何処までいけるか…何とか神奈川を抜けて…と地図を辿って、その先に浜岡を見た時に、ダメだと思った…それを思い出した。まだ、菅首相が浜岡を止める前、余震が富士市を襲って…浜岡は停止作業中に細管が吹っ飛んで、炉心と海が、ツーカー状態…ホントに紙一重だった…
このまま、老朽原発なんか動かしてると、次の地震で1億総・放射能難民。日本固有の領土・日本列島を捨てる事になる。何が尖閣・竹島だよ…お花畑はどっちだよ!…と、マジで思う…逃げるなら原発の無い海外しかないだろう…金持ち共は、とっくに脱出してるみたいだ…

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